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台風一過:8月10日のメッセージ 詩篇56篇

台風はいかがでしたでしょうか。
こちらの台風はすごかった。赤穂に上陸して、篠山の方に抜けて行きました。
丁度礼拝のときがひどい雨と風の最中でした。

短期宣教チームのノアが傘もさせず全身ずぶぬれでやってきたので、私のズボンとパンツとTシャツとサンダルを貸しました。
駅に迎えに行って二人を運びましたが、いつも礼拝に来られる方のうち、三人は家から駅まで着けなかったり、電車が動かなかったりで礼拝に来れませんでした。

その方達のためもあり、礼拝説教をまとめましたので、お送り致します。
これを手引きにご自分で詩篇56篇を、神さまからのことば、試練にある自分へのことばとして、直接お味わい下さい。
詩篇歌56篇を一人で味わいつつ賛美することをお奨めします。

礼拝説教箇所:詩篇56篇
説教題は、「人への恐れとさすらいの中、いのちの光へ」

耐え忍ぶ信仰共同体に与えられた詩篇の続きとして、耐え忍ぶための「鍵」とも言いうる55篇の「あなたの重荷を主に委ねよ」の賛美を与えられたのを受けて56篇が歌われます。
ダビデがガテで敵のペリシテ人の町に逃げ込み追いつめられたつらい体験(1サムエル21:10以降)を例として、その中でどのように「重荷を主に委ねるか」の実例を示した詩篇だと思います。
試練の中(ことばも出せない中)で、結局「遠く(主の下に)のがれた鳩」のような気持ちに導かれたダビデが(55:6to7と56の表題を対比して参照)ガテでの状況の中で歌っています。
1)すなわち、まず、踏みつけられた状況(1to3)と、痛めつけられつけ狙われ災いが降りかかる邪悪な状況(5to7)、更には、流離(さすら)いと涙の中で力の主を見上げる状況の中で(8to9)、繰り返して(4と10to11節の二回)みことばをほめたたえ(ハレルヤ)、神に信頼(人生を身も心もおまかせ)しています。そして、「肉なるものが(人が)私に何をなしえましょう」と叫び、「私は..恐れません」と自分の心に強く釘をさします。[この詩篇が苦悩の中で心に強く信仰の釘を刺す歌であることは、表題にある「ミクタム」(16、56to60篇の6篇がそうである)の示す意味にとても合うと思います。ミクタム=epigma:警句or風刺句(あるヘブル語辞書)/=黄金の詩篇?(英訳聖書KJV)/=「覆う」ことば(モービンケル他):贖いの恵みのことばorことばにならない(口を覆ったものの)ことば]。この詩篇は、主の憐れみをみ言葉に頼って信じ、耐え忍ぶ心を表していて、歌うものを励ますためダビデを通して御霊が下さった、私たちの心を信仰で刺す歌です。
2)それに加えて、ダビデはガテで四面楚歌の状況にありつつ、「遠く(主に)のがれた鳩」である自分が、「もの言わぬ鳩」(表題参照)すなわち、何も言えないような苦悩の中にありつつ(別訳の「テレビンの木に宿る」では、樫の木/菩提樹のような、白地で太い、しっかり根を張って真直ぐにのびる、油(cf.テレビン油)も豊かな強い木に鳩が宿るように、苦悩の中で全く主により頼んだものでありつつ、の意味となる)、自分が主の恵みの「契約」の中に入れて頂き「いのちを死から救われた」者(または、足をつまづきから贖い出された者)として、その契約への信仰の応答を誓い、また、救いへの感謝をささげます。こんな中でもなお神さまが自分を救った下さっていることを覚えて、それが自分が「いのちの光のうちに、神のみ前を歩むためでした」と告白しています。こんなダビデのような苦悩と試練の中にあって、なお耐え忍ぶ心、重荷を主に委ねた心を御霊が下さる時、私たちは自分がどんな時にも変わることなく「いのちの光のうちに、神のみ前を歩き」続けていることを、忘れないのです。
重荷を主に委ねる心と歩みが、このようにガテで耐え忍んだダビデを実例として、具体的にここで歌われています。
踏みつけられ、災いが降り掛かり、さまよいつつ涙を流す状況の中で、みことばをほめたたえ、主に信頼し、恐れないこと心です。「人が私に何をなしえましょう」と信仰の叫びで心に警告し刺すことです。そして救われた者としてどんな中にいても、自分が「いのちの光のうちに、神のみ前を歩」んでいることを忘れず、恵みに感謝し応えて歩むことです。これが、耐え忍ぶ具体的な秘訣として御霊の下さる心です。
私たちもこの56篇を歌う時、このようにして苦悩を耐え忍び、重荷を主に委ねる歩みが、キリストの御霊によって支えられ、導かれます。


礼拝後、車で送る途中で見た住吉川がすごかった。2メートルぐらいのまっ茶色の濁流が渦巻いて流れていて、両岸の歩道も(高い所は除いて)巻き込んで川幅いっぱい流れていました。川の中州にいくつもある大木が流れて橋にひっかかると危ないと思いました。天井川も川幅いっぱい濁流が流れていました。
祈平牧師は、名塩の家まで帰るのに三時間かかったそうです。六甲トンネルも有馬街道も皆閉鎖で、夢野からしあわせの村に行く道だけ開いていてすごい渋滞で、しかも唐櫃から東の有馬街道がまた複数の土砂崩れで閉鎖で、北六甲有料のトンネルが開いていたのでそれで藤原台に抜けて、大渋滞の中を帰ったそうです。北六甲有料はその北はまた閉鎖、東からの国道176も閉鎖でした。

今は雨も上がり、月も出ていて、静かで涼しい台風一過になりました。
皆さんの所はどうでしたか。

今週は月曜から水曜はユース(学生)キャンプ、金曜から土曜はしあわせの村で連合修養会(金曜10:30階会)です。
あとは24日に小野枝夕礼拝(6:30)、29・30日(金土)に篠山リトリートがあります。

礼拝と祈祷会でお待ちしています。

ご健康と、生活と心への主の臨在の恵み、また、み守りと導きを、祈ります。
神さまのみ前に静かに落ち着いて礼拝して過ごす夏の後半でありますように願います。

瀧浦 滋
改革長老・岡本契約教会 牧師

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